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松山地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決

原告 曾我部憲一

被告 松山地方法務局小松出張所登記事務取扱

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十七年一月二十一日登記受付番号第七十四号をもつて、別紙目録記載の土地に対しなした贈与に基く所有権移転登記の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の物件四十五筆(以下本件物件と略称する)は、もと訴外曾我部キヨノの所有であつたが、同人は大正六年九月八日曾我部定吉と入夫婚姻をなし、定吉が戸主となり、相続により本件物件の所有権を取得した。その後定吉は大正七年九月十三日キヨノと協議離婚をしたので、定吉の長男利春が家督相続をなし、更に利春は昭和二十二年二月八日死亡したので、利春の長男である原告がその家督相続をなした。従つて、本件物件は、キヨノから、定吉、定吉から利春、利春から原告へと相次いで開始された家督相続の効果として、現に原告がその所有権を有するものであるが、右家督相続による所有権の移転については、移転登記手続をなさず、依然キヨノ名義のままになつていたところ、キヨノはこれを利用し、その情を知れる自己の非嫡出子曾我部進と共謀のうえ、原告の所有権を侵害する悪意の許に、本件物件の所有名義を進に移転することを企図し、真実贈与の意思なきに拘らず、昭和二十七年一月二十一日被告に対しキヨノから進に対する贈与に基く所有権移転登記の申請をなしたところ、被告は同日松山地方法務局小松出張所受付番号第七十四号をもつて、右申請を受理し、申請どおりの所有権移転登記手続を完了した。しかしながら、被告のなした登記申請の受理及び登記処分は、左の理由によつて無効である。

(一)  昭和二十六年七月一日より施行された改正不動産登記法施行細則第四十二条によると、不動産登記は、一申請毎に登記義務者の印鑑証明書の添付を必要とすることになつている。従つて、印鑑証明書の添付は登記の絶対的必要条件である。しかるに本件登記に当り登記義務者であるキヨノが提出した印鑑証明書には虚偽の事実の記載がなされている。即ち、同印鑑証明書中、キヨノの住所の表示は、「本籍愛媛県新居郡大保木村大字中奥山四番耕地百四十七番地」となつているが、これはキヨノが分家、転籍をしない以前の本籍であつてキヨノは、昭和二十一年一月二十三日同郡同村大字中奥山一番耕地三十三番地に分家し、更に昭和二十三年六月二十二日同郡同村大字中奥山一番耕地七十八番地第一へ転籍しておるのであつて、印鑑原簿においても、旧本籍は朱線を引いて抹消し、新本籍が記載されているのである。しかしキヨノは右のように分家、転籍した結果、本籍が変つたが、本件土地登記簿上の所有者キヨノの本籍は依然として、旧本籍のままであり、更正登記は未済であつたため、このままでは、本件の移転登記は不可能な状態にあつたが、本籍の変更登記をして、後移転登記をするとすれば、変更登記に際し、変更の事由として「分家転籍の事実」を証明する書類を提出することが必要であり、斯かる書類を提出すれば、本件物件が原告の相続物件に属することが容易に登記官吏に発覚し、進に対する移転登記が不成功に終ることを恐れ、本籍の変更登記手続をなさずして進に対する移転登記を完了する方法を考えた末、結局自己の甥に当る居村役場吏員伊藤智と共謀して、同人に旧本籍を記載した不実の印鑑証明書を作成してもらい、よつて登記簿上の本籍と、印鑑証明書記載の本籍とを符合させ、右印鑑証明書を被告に提出し、被告を欺罔して本件登記を完了したものである。この外本件登記申請に当つては、右印鑑証明書記載の本籍に符合させるため、所有権移転登記申請書、登記委任状、保証書等におけるキヨノの本籍は悉く虚偽の記載をなした。以上要するに、本件登記申請に際しては、申請に絶対的必要条件とする登記義務者の印鑑証明書が虚偽のものであり、且変造のものであり、右不法不正が登記義務者と公務員との共謀の下に行われたものであるから、本件登記はその有効条件を欠き、本件登記は違法無効のものである。

(二)  被告が本件登記申請に際し、職務上必要な注意と調査を怠らなかつたならば、本件物件が、原告の家督相続物件に属すること、原告以外の第三者に対しては、直接移転登記することの出来ない物件であることが容易に発見されるにも拘らず、被告は右の注意及び調査を怠り本件登記手続を完了したから、この点につき違法がある。即ち、戸籍の変更抹消等は戸籍にこれを記載すること、その戸籍は正本と副本とを設け、正本はこれを市町村役場に備え、副本は監督法務局、若しくは地方法務局又その支局に保存するものであることは戸籍法の明定するところである。而して、この規定の精神とするところは、登記官吏は家督相続並に、分家、転籍等の事実については、その職務上平素常に相当な注意を払うと同時に相当な調査を怠つてはならないことを要求しているのである。殊に原告家は村内第一等の不動産所有者であること、本件登記の筆数においても九十八筆の多数にのぼること、物件価格は最低金二百万円以上であるのに拘らず、登記申請に際してはキヨノが僅か金三十五万八千円に見積つていること等の事実から見て、被告は本件登記申請に際し、当然相当の注意を払い、戸籍の副本を対照すべきであり、そうすれば、本件登記申請が受理すべからざることを容易に発見できた筈である。

よつて本件登記処分の無効の確認を求めるに及んだ。と述べた。

被告訴訟代理人等は、本案前の答弁として、「原告の本訴請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、原告が自己の所有権に対する危険不安を解消するため本件登記の無効を主張し、その抹消手続を請求するためには、訴外曾我部キヨノ及び進を相手方として訴を提起するのが適当有効な方法であり、これ以外に解決方法はない。被告は、敢て原告の所有権を争うものでもなく本件登記の存否につき反対の利害関係を有するものでもないから、被告は正当な当事者ではない。かりに原告の本訴請求が全面的に容認せられたとしても現行不動産登記法によつては、被告において本件登記を抹消する方法はないし亦右抹消の方法ありとするも本件登記の無効が確認されれば、実質的にはキヨノが所有名義を回復するのみで、判決の結果は、原告の法律的地位の安定には何等法律的関連性はないから結局確認の利益はない。よつて、本訴請求は不適法であると述べ、

本案の答弁として、「主文同旨の判決を求め、その理由として、原告請求原因事実中本件物件がもとキヨノの所有名義であつたこと、昭和二十七年一月二十一日松山地方法務局小松出張所受付番号第七十四号贈与に基く所有権移転登記申請により右キヨノから進に対し所有名義が移転し、同日その旨土地登記簿に登記せられたことはこれを認めるが、その余は争う。(一)仮りに原告主張のように、本件登記申請に当つて添付されたキヨノの印鑑証明書の住所の表示に虚偽の変造があつたとしても、その虚偽の内容は、文書の表面形式には表示せられず、実質的審査により判明しうるものにして、登記官吏に審査義務のある不動産登記法第四十九条の各項のいずれにも不備はなく、従つて、登記申請手続には形式的瑕疵がなく登記法上適法なものであるから、登記官吏は本件登記申請を受理すべき義務があり、これを受理登記したことにつき何等の過誤はなく、本件登記は有効である。(二)原告はまた登記官吏は本件登記申請受理に際して相当の注意を払えば、本件山林の真の所有者は原告であることが容易に判明した筈であるから、本件登記は受理すべきものでなかつたと主張するが、由来登記官吏には実質的な審査権はなく、形式的審査権のみを有することは、不動産登記法第四十九条の規定により明らかであり、本件について登記申請が実体上の権利関係と符合するか否かは登記官吏の審査し関与すべき限りでないので、原告の主張は登記官吏の実質的審査権の存在を前提とするもので、理由はない。よつて原告の請求は棄却すべきである。と述べた。

三、理  由

本件物件が登記簿上もと訴外曾我部キヨノの所有名義になつていたこと、昭和二十七年一月二十一日右キヨノから訴外曾我部進に対する贈与に基く所有権移転登記の申請があり、同日被告は松山地方法務局小松出張所受付番号第七十四号を以て右申請を受理し、その旨土地登記簿に登記を完了したことは当事者間に争がないところである。

不動産登記法第四十九条によると登記の申請があつた場合、登記官吏は、同条各号に該当する場合に限り、その申請を却下すべきことを規定しておる。しかしながら、同法第百四十九条の二ないし五が特に職権でその登記を抹消しうる場合を規定しておることと、同法第百四十六条の規定とを合せ考えると、第四十九条各号に該当し、その申請を却下すべき場合であつても、登記官吏がこれを看過して一旦登記を完了した以上は、登記された者は、登記簿上権利者たる地位を有するに至るから第四十九条第一号、第二号のいずれかに該当する場合以外は、もしかような登記の抹消を求めようとするときは申請人において登記簿上の権利者の意思表示に代るべき裁判の謄本、その他その登記の抹消につき登記上利害関係を有する第三者の承諾書またはこれに対抗することのできる裁判の謄本を申請書に添付することを必要とするのであつて、登記官吏において職権で登記を抹消することはできないと解するのが相当である。而して、同法は第百五十条以下において、登記官吏の処分に対する異議の申立につき規定しているが、右の理は、異議に対する法務局長の決定についても、当るのであつて、法務局長は、登記がすでに完了している以上は、同法第四十九条の第一号又は第二号に該当する場合を除いて、当該登記官吏に対し、登記の抹消を命じえないものと解すべきである。従つて、行政庁(登記官吏ないし法務局長)が申請に基いて一旦完了している登記を職権で抹消しうるのは、同法第四十九条第一号又は第二号の場合に限るということになる。

右の見解の下に、本件を考察するのに、被告は本案前の抗弁として先づ、(一)被告は正当な当事者でないと主張するところ、登記申請の受理ないし登記は行政処分であり且、行政訴訟においてその効力を争いうるものであると解すべきであり、被告が、本件登記申請を受理し、登記を完了したことは当事者間に争いないところであるから原告の請求が理由があるかないかは別として、被告が正当な当事者であることは否定しえない。被告は次に、(二)仮りに原告の本訴請求が認容せられても不動産登記法上被告において、本件登記を抹消する方法がないから、本訴は確認の利益がないと主張するが、現行不動産登記法上、行政庁が申請によらずして、登記を抹消することの出来る場合が全くないのならば格別、前にも判断したとおり極く限定された範囲ではあるが、職権で登記を抹消しうるのであり、且、確定判決は、当事者たる行政庁のみならず、関係行政庁を拘束するのであるから、原告の請求が理由があるかないかは別として、確認の利益がないとはいえない。次に、被告は、仮りに、訴外曾我部キヨノが判決の結果、本件物件の所有名義を回復しても、只それだけであつて、原告の法律的地位の安定については、法律的な関連性はないから、本訴は即時確定すべき法律上の利益を欠くと主張するが原告の主張事実から見ると、本件物件は、原告が相続によつて、その所有権を取得した財産であるというのであるから、自己に所有権がありながら、本件登記によつて、完全にその所有権を第三者に対し対抗し得なくなる運命にあるとき、右登記が抹消され所有名義がキヨノに回復すれば、右の危険が一応除去され、更に原告はキヨノに対する所有権移転登記請求権を回復するから、移転登記をうけることによつて、完全に第三者に対し、その所有権を主張しうるに至る関係にあるといわなければならない。即ち、原告の請求の理由の有無は別として、本件登記が抹消されれば直ちに、右のように登記請求権を回復する以上、本件登記処分の効力を争う本訴は法律上の利益があるといわなければならない。以上のとおりであるから、被告の本案前の抗弁はいずれも理由がないから採用の限りでない。

よつて、本案について判断する。

一般に、行政処分が違法であり、行政客体の権利を侵害した場合は判決で、右処分を取消し右違法が重大且明白な場合は、無効を宣言しうるのであるが、行政処分が違法だからといつて、無制限にこれを取消しうるのではなく、夫々の法体系において、処分の本質上、行政庁自体においても、これを取消しうる性質の行政処分に限り判決においてこれを取消し、或は無効を宣言しうるものと解すべきであるところ、不動産登記法第四十九条によれば同条各号にあたる場合は、登記官吏は登記申請を却下することを要するのであり、従つて、これに違反し登記申請を受理することは違法であることは明らかであるが、さきにも判断したとおり、受理後登記を完了した場合は、同条第一号又は第二号にあたる場合以外は、職権で登記を抹消することはできないし、異議申立に対して、法務局長も右第一号、第二号の場合を除いては、登記の抹消を命じ得ないのである。これは、不動産登記法が、右の例外の場合以外は登記完了後は登記上の争いを登記権利者、登記義務者等の間の民事訴訟上の解決にゆだねたものと解すべきものなのである。従つて、右例外の場合以外にも、登記完了後裁判所が、登記処分を違法だとして、行政処分取消ないし無効の判決をなすことは、不動産登記法の法体系を破壊することになるのであつて、許されないと考える。ところで、登記完了後でも裁判所が取消ないし無効の判決をなしうを例外の場合は、同法第四十九条第一号、「事件ガ其登記所ノ管轄ニ属セサルトキ」第二号「事件ガ登記スヘキモノニ非サルトキ」にも拘らず登記官吏が登記申請を受理した場合であるが、第二号「事件ガ登記スベキモノニ非サルトキ」とは、登記を許されない入会権、留置権に関する登記の申請、同一不動産につき二重の保存登記の申請等登記の申請が本来登記を許さない事項の登記を目的とする場合をいうと解するのが相当である。そこで、本件登記の申請が、右第一号、第二号のいずれかに該当するかというに、原告の主張自体から見て、いずれにも当らないことは明白であり、且、本件登記はすでに土地登記簿に記載され完了されたものであるから、本件登記申請に際し、原告主張のような事実があつたか否か、右のような事実があつたことは、本件登記処分を違法ならしめるか否かについての判断をなすまでもなく、本件登記処分の無効の確認を求める原告の請求は理由がない。仍つて、本訴請求を棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 荻田健治郎)

(別紙目録省略)

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